シューダン!

もう4週目に入ってね、今更?と思われるかもしれませんが、まあ紹介です。前作の「背すじをピンと!」から好きだったので期待していたのですが、やはり良いですね。

キャラが自然体というか。いわゆるキャラクターが恥じらう場面も自然なものが多い。(特に最近は、これから恥じらいますよ〜〜のような感じで勢いの良い、恥じらいの感じられない「恥じらい」のシーンがある作品も多いような気もするので)

「背すじをピン!と ~鹿高競技ダンス部へようこそ~」完結記念 横田卓馬先生スペシャルインタビュー ③ – ダンスマガジン AUDREY

ここで作者も「基本的に自分の漫画の中に出てくるキャラクターを、「漫画のキャラ」として捉えてないから、そのー…本当に現実にいたとしたらという感じで考えているので。だから、世間で言われているところの「モブキャラ」たちにだってそれぞれの人生があるし。」という風におっしゃってますが、まさにこの雰囲気があるんですよね。等身大の青春と形容すればいいのかな。まあそりゃマンガなので完全に現実的かと言われればそれは違うでしょうがそれでも現実感のあるものとなっているのは確かです。この作者はいわゆるパロディーネタを使うことも多いんですけどそれもパロディーという感じではなく、キャラの世界の中にも存在するマンガのワンシーンのモノマネ程度のものとなっていて受け入れやすい感じがします。

淡々としすぎていてつまらないと思う人もいると思うのでまあそこは個人差でしょうがとりあえず、オススメしておきます。今週なら1〜3話まではジャンプ+で試し読みできますしね。

かどを立てたくない、という話。

 「正解するカド」12話感想 多重の仕掛けで顔が歪むザシュニナ!如何様にも解釈でき最後まで面白かった!!(画像、最終回) : ポンポコにゅーす

59: ポンポコ名無しさん 2017/06/30(金) 23:35:47.45
異方存在は、メタ的に言えばそもそもアニメで表現可能なキャラクターなわけで 
そんなもん超越者でもなんでもない 
「途中にすぎない」と断じられて消されるのは、むしろ必然
 
 
これである。今からする話には不確かな例示が多い。僕個人の感覚としての比喩なのでまあ大目に見て欲しい。(そもそも例示自体が不確かなものが多いので、まあ。)
結論から言えば、面白いし作り込まれてはいると思ったが、好きではない。角は解という字の途中であるとか、花森はユキカ(沙羅花から取ったとしたら花という漢字になる)を守るで花森とか、その辺の作り込みはかなり好きだ。最後の展開や演出自体も好きではある。
しかし、ザシュニナの描き方がなあ……雑というかなんというか、倒すために無理矢理悪っぽい(というかガキっぽい?)考え方をさせられているという感じがする。
僕がこれを見て思い出したのはサイコパス(特に、1期最後の方と2期)のシビュラである。あれもシビュラを倒す人間という構造にするために無理矢理、シビュラをアホにしてたという印象を受けた(上にあるようにメタ的な視点で言えば脚本家が論破できるような悪に設定しておかなければ物語として収拾がつかなくなるのでしょうがないと言えばしょうがないのだが)。槙島と狡噛のプレイヤー間勝負みたいなのは面白いけどシビュラという審判を言いくるめるという展開はどうも微妙な気がした(もちろんシビュラは人間の集合体に過ぎない部分もあるので完璧な存在ではないかもしれないが常守が思いつくことさえも思いつかない無能とは思えないし)。最後の展開はまどマギとも若干似てると思ったが、まあQB自体あの世界ではプレーヤー寄りだったので(原理を利用してる奴を倒しただけで原理自体は倒してないイメージ)まあ感覚としては違うかな。
逆に上位存在の扱いが上手いな、と僕が思うのは「ぼくらの」である(特に原作)。説明するとネタバレ&長くなってしまうので各自で読んでみてください。この辺は僕が微妙に運命論者寄りであることが影響しているのかもしれないのでまあ人それぞれということになりそうだが。